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超・高レートギャンブル「スルメイカミキサー」
まずタイトルからしてさっぱり分からないが、
ある日、俺の見た夢である。

以前にも紹介したが、俺はよく、シュールな夢を見る。
あまり印象が強かった内容は、「夢日記」につけるようにしている。
その夢日記によれば、今年の2月24日とある。

夢日記の使い道としてはいくつかあるのだが、
今回のようにブログで紹介して皆さんに人間の潜在意識の奥深さを見てもらって楽しんでもらうこと、
自分の潜在意識の一側面として記録しておくこと、など挙げられる。

そんな訳で、当ブログのカテゴリーには「夢」というものが追加されているのだ。

気になる方はそちらもチェックされたし。

まあ、まだそんなに記事はないんだけど...


で、今年2月24日に見た夢だが、
「高レートギャンブル」をするというものであった。

結果から言えば、大勝ちを収めることになる。

そんなゲンの良い夢、なんで今まで公表しなかったの、と言われれば
夢日記に書いたまでは良かったが、すっかり忘れていたのだった。

夢日記といっても、手書きのノートではなく、パソコンのテキストメモである。
日々、仕事やら何やらのファイルがどんどん生成されていくデスクトップの中にあって、うっかりすればそんなものの存在も忘れてしまいがちなのだ。

先日、ふと夢日記に気がつき、内容を見てみたら、なんだこりゃ?
本当に自分が見た夢なのか?

自分で書いておいて、にわかには信じられなかったくらいだった。
そんなもんなんだよな、夢って。

だからこそ、こうして日記として、テキストとして残しておいた俺は偉いと思う。
ナイス俺。

...と、とりとめもなく前置きが長くなったが、ぼちぼち本題に入ろう。


影縫余弦
影縫さんをもっと見たいならAmazonで「偽物語」をCHECK!!

影縫さん(俺にスロを教えてくれた実際の知人、名字が偽物語の登場人物と似ていたのでこのように表現している)から、高レート台の存在を教えてもらう。

誰もやろうとしないがその賭場はソフトドリンク代だけでも1,680円というとんでもない場所だ。
場所は「いずみ」(昔小学生の頃によく行った駄菓子屋)の奥の奥。暗い空間...

胴元?と思われる、しかし大変怪しげな男二人に付き添われ、ゲーム開始。
店員というよりはちょっとタチの悪そうなテキ屋のおっさんという感じだ。

最低レートの1万円分勝負を挑んだ。

そこにYちゃん(幼馴染みの友人)がいたので声をかけ、これから高レートギャンブルをすることを話す。
彼は逃げようとしていたが、その話を聞くと少し興味を持ったのか、側で見る事にしたらしい。

ギャンブルの内容は、コンクリートミキサー部のようなものの中にスルメイカみたいなゴムのかけら(産業廃棄物のようなもの)をいくつか投入してこれを流し、ひとりの男(B)が手元に流れてくるそのゴムのかけらを見ながら当たりを判断するというものだった。

どういう判断基準なのか全くわからないが何やら書類を見ながら当たりはずれを決めている…

...っていうか、ソレ、イカサマの温床じゃん!!
スルメイカサマっ...!!


このギャンブルはでかつて1100万円くらい持って行った人間もいたようだ。

今回の勝負は1万円だったので手持ちのゴムのかけらも少なく、あっという間に終わってしまう。

もうすでに勝負開始からあっというまに2/3ほどのゴムを流している。

やはり1万円くらいではダメか、と諦めかけていたところで

ゴムチェックの男「あ、これは今熱いのが来てるよ」

「な、何!? 当たるのか!?」

解説の表のようなものを見せられて、当たりつつあるその状況を説明される。

色んな図やら文字やらのコラージュ、ビニール袋の中身の確認(?)等次々にクリアしていき、どうやらかなり当たりに近いという事を知らされる。

こちらもテンションが高くなり叫び出す。

うぉぉぉ…!!いけっ!!神よ、オレを祝福しろっ...!!


高レートギャンブルの図

カイジを見たくなったらAmazonで ★うしろの百太郎を見たくなったらAmazonで


結果、どうやら当たったようで、もうひとりの男(A)も

「あんたまだ33やそこらだろ?そこまで若い人の当たりは久しぶりだよ…」

と褒めている。

...イヤ、33じゃないんだけど...

そしてYちゃんは何故か決まりが悪そうに逃げて行く。(今更)

その男(A)が、あいつは以前に始末書を書かせたからな、と言う。

何か悪い事をしてその現場を押さえられたらしい。


ともかく、その高レートギャンブルに勝利し、

いくら勝ったのかを聞くと

どうも137万円くらい…

ん...?


以上、ここまでが夢だが、冷静に考えてみよう。


まず、高レートギャンブルにしてはそんなに大勝ちではない気がする。
というか、このギャンブルの何が高レートなのか分からない。
最低1万円からって、何と比べたらいいんだ?
だいたい世間一般にはこんな賭博無い訳だし。

どう考えても詐欺まがいの強制遊戯システムっ...!!

しかし、まあ現実に1万円が137万円になったんだから詐欺でもない訳で。

いやいや、夢ですから!!


137万円ってのが妙にリアルだよね。

何だろう? その数字。

むしろそっちが気になる。。


最後に自己夢診断。

診断結果:

カイジ、賭けグルイ等の読み過ぎ、ギャンブル中毒患者の妄想にも等しい。
だが、しかし、だからこそあるっ...!そんな予想外な現実っ...!ほの見える勝利への道っ...!






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【2015/07/21 22:29】 | | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
夏の風物詩「白くま」...でなくて函館記念
暑い夏、アイスを食べたくなるのは誰しも同じだろうが、俺には定番アイスがある。
「白くま」である。

しろくま

結構前からあるアイスなのだが、当時、俺はこのアイスには全く興味が無かった。
何一つ惹かれる要素がなく、食べず嫌いといってもいい程にスルーしていた。
そんなあるとき、たまたまコンビニで出会った高校時代の友人が、「アイスを食べようや」といってこの白くまをおごってくれたのだった。

ソイツは地元でも優良企業の社長をしており、金はかなり持っていて、そんな高いアイスを平気で買う事になんだか妙な成金趣味を感じてしまっていたので、まあ味とかではないんだろうな、こういう人は...って思っていた。

おお、ありがとう、と言いつつも、心の中では
「ん〜... なんだか微妙だ...ガリガリくんでいいのに...」
と思いつつ、ソイツと二人並んでコンビニの前で中学生のように座り込んで「買い食い」をした。

初めて食べたその瞬間、俺は大いなる誤解をしていた事に気が付いた。

う、無茶苦茶美味しいじゃん!?


白くま、すげえ!!
贅沢なフルーツや小豆のトッピングもさることながら、それらのベースとなり、全体ボリュームを形成するアイス、
これがなんともいえず美味しい!!
そう、この周りのアイスは練乳がたっぷりと染み込んだ甘さの極北であった。
まさに「白くま」だ。

宝石箱のごときフルーツ達との相性も抜群だ。

コレはクセになる。

とまあ、そんな事があって以降、俺はすっかり白くまの虜になってしまっていた。
今でも、コンビニにアイスを買いに行く時は白くまオンリーである。

...おっと、このままではなんだかアイスの記事になってしまいそうだ。


今日は久々に明日行われるGIII 函館記念を予想してみようと思う。

夏の風物詩といえばこのレース。
そして思い出の多いレースだ。

自慢ではないが、いや自慢だが、2004年の同レースに多額の金を賭けた事がある。(その当時つるんでいた友人と共同で)
思えばあの頃が私の競馬人生におけるピークではなかったか、と思える程のイケイケっぷりだった。

3連複の軸1頭流し。
軸はクラフトワーク。
そこから5点程選び、オッズ毎のレイトを計算し、
計20万円くらいぶち込んで、50万円くらいになった記憶がある。

そしてその3年後、V3は決してないだろうと誰もが予想し人気を落としていた
エリモハリアーからの馬単1着固定総流しで43,000円をゲット!

...とか、まあ失われた過去の栄光にすがりつくだけの哀しい自慢だが、何かにつけこのレースは思い出が結構ある。

ただ、ここんとこ、競馬はサパーリ調子が悪く、連戦連敗なので、
ここはひとつ、白くまでも食べながら、北の大地の勝負の行方を。

※予想を読まれる方への注意
【本予想に責任は一切持ちません】
【競馬は結果論ですのでもしこの予想が当たったら官軍になります】
【外れた場合、その後の記事等では本予想について一切触れません。むしろ無かった事になります】

と、まずは紳士らしくエクスキューズ。

さあ予想だ。

買い方は俺の最もよくやる、3連複の1頭流し。

◎軸馬: 14.ヴァーゲンザイル
相手馬:
3.ハギノハイブリッド
5.ダービーフィズ
7.ラブイズブーシェ
10.リベルタス
11.エアソミュール
の5点に流し。計15点買い。

人気のエアが飛べば美味しい馬券になりそうだが。。

あれっ!?

ていうか。

楽天口座にお金が...

ナイ。
【2015/07/18 19:10】 | 競馬 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ふと「ノストラダムスの大予言」を検証してみたら大変な事実があったことに気づいた

知らない人はamazonでGET


「1999年7の月に恐怖の大王が来るだろう」の予言で世間を騒がせたノストラダムス。

思えば中学生の頃に学研「ムー」でそういった特集を読んではドキドキしていたものだった。
「自宅で出来る悪魔の呼び出し方」とか...笑

イヤ、それは危険すぎるし安易すぎるだろう。

何せ当時は昭和、言論の自由にせよ表現の自由にせよ、あまりにも寛容的であった。

また同時期、エロ本の入り口として友人の家で読んでいた週刊プレイボーイの袋とじの特集記事で「自宅で出来る包茎手術」という悪魔召還並みに恐ろしい企画もあった程である。


amazonで買えばすぐ届く「恐怖新聞」

あの頃は「自宅で出来るシリーズ」が流行っていたのか、やりたい放題だ。
自由の女神の国だってそこまで無茶はしないだろう。

思えば高度経済成長からバブル時代突入へと至る、日本という国が一番勢いの良かった時代なのだ。

もうイケイケなのである。


とにかく、本タイトルのノストラダムスの予言は、結果から言えば、世間的に大局的な惨事も起こる事無く、なあんだ、ガセかよ。。というオチで収束したのだったが。

ふと、そういえばあの頃って何してたかな?...って思った。



うをっ..!!!

いやいやいや!!
恐怖の大王は確かに、降り立ったではないか!!
少なくとも俺個人の身には。

そう、1999年7の月、つまり今から16年前の忘れもしない7月7日、七夕の深夜、俺は文字通り血反吐を吐きながら病院に搬送されるという生涯でも最も辛かったイベントのひとつを経験したでのである。

今なお、個人的には結構ヘヴィで生々しい経験だったので、あまりリアルに思い出したくはないが、まあ終わってみれば胃潰瘍というやつだ。

ストレスや不摂生な日常生活が作り出したいつもより多めの強酸性の胃液により胃壁がどんどん溶かされ、あわや穴が開く一歩手前のところまでいっていたらしい。

数日前からどうも調子が悪いとは感じていたのだが、病院苦手な俺はそれでもいっときの事とタカをくくって、放っておいたのが凶と出た。

七夕の日は仕事を休み、朝から寝込んでいた。

食欲もなく、むしろ気持ちが悪く、立って歩く事すらままならない。

そしてその深夜、小用を模様してトイレへ向かおうとするが、とても立って歩けるような状況ではない。

仕方なく、匍匐(ほふく)前進で廊下をなめくじのように這いながら進む。
※この動きは、10数年後にアセンションパーティーで食中毒に当たったきみちゃんが見事に再現することになる。
人間、具合が悪くても動かざるを得ない時って、みんな同じようになるんだな。。


と、そこで不意に意識が飛んだ。

人生で初めて気絶を経験した瞬間であった。

どのくらい時間が経ったのであろう、ふと目が覚めると自分が何故こんなところでうつぶせで横たわっているのかを理解するのに時間がかかった。

ああ、そうだ、確かトイレに行こうと思ってこうやって這いずって。

と、電気もついてない暗い廊下で、俺は自分の周囲が何やら濡れているのに気がついた。

目も慣れてきて、近くでその液体をじっくりと観察していると、、、

ひぃぃぃ!!!

その液体は赤黒い、自らの血液であったのだ。

パニックになりながらも、状況がだんだんとわかってきた。

ずっと胃壁を溶かされ胃の中に溜まっていた血液や内容物が消化しきれず、それが原因で朝から気持ちが悪かったのだ。そしてそれが先程の気絶というハプニングと連動して俺自身が吐いたのであった。

しばし呆然としていると、やがて親が起きてきた。トイレに行こうとしたのであろう。
廊下の電気を付けるなり、殺人現場のような惨状を見てそれはそれは驚き慌てて大騒ぎであった事は言うまでもない。

その衝撃は想像に難くない。

自分であっても家族の誰かが深夜、廊下に血まみれで倒れていたら相当なショックを受けるだろう。

その夜、大騒ぎで救急車が呼ばれ、俺はそこから約2週間、入院することになるのであった。

ノストラダムスが予言した「恐怖の大王」は約束の時期通り、降り立ったのであった。

まあ不幸中の幸いは、未だこうして命が繋がっている事であろう。

あの後、良い事も悪い事もあった。
あの事が起こるまでだってそうだった。

結局、生きるという事はそういった、ありとあらゆるレベルの経験をするという事なのだ。
当たり前だけど。

結局命がこうして繋がっていて、日々生活が出来るということはとても素晴らしい事なのだね。

病気とかで入院したり苦しんだりしている時は、健康でいられる事が本当に素晴らしい事のように思えるが、うっかり健康でいつづけると、それが当たり前になってしまって、感謝の気持ちすら出てこなくなりがちだ。

今日という日に、たまたま思い出したあの1999年の出来事はきっと意味があるのだ。
失ってから気づく事の愚かさに警笛を鳴らされたような気がしたのだった。

それを忘れないように心がけることによって人は勝ち得るのだろう、本当の幸せを。

だから、こうしてブログに綴っておいて自戒とし、また、この「当たり前だけど忘れがちな気づき」を読まれた方と共有できるのならそれに超した事は無い。


ありがとう、俺。


おっと、今回はなかなかいい話だったな。
【2015/07/07 19:04】 | 科学と神秘 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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