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オラクル de 第31回フェブラリーステークス(GI)
今日は野風どのとクラシカルな旅籠をリノベした料理屋でしっぽりとランチデートだった(^^)

古く、歴史を感じさせるその建物は奥に長く、中は想像以上に広く、お城のようでもあり、なんとも風情ある「旅籠」であった。

その古い階段を上り、3階の部屋に通され、そこでお昼をいただいた。

ホントに旅館っぽい部屋で、ふすまの向こうには布団でも敷いてありそうな勢いであった。

テンションは急上昇、旅籠で「チン察」かと胸が高鳴ったが冷静に考えてみたら真っ昼間から昼飯食べる処でそのような事が始まったらあっという間に出禁確定は間逃れないだろうということで苦難協議の末、「チン察」は保留となったのであった。

「珍〜Chin〜」の時代考証としても抜群のロケーションであったのだが。。


お昼もバランスの良い和食で美味しかったな〜。

野風どの、ご馳走さまでござりました。m_ _m





さて いよいよやってきました。

本年第一発目のG1、フェブラリーステークス。
東京ダート1600m。

ここに、キスショット・猫神・アセロラドリンク・ハートアンダーブレードとしての予言を遣わす。
なので記事タイトルは「オラクル(神託)」とした。


人気はベルシャザール。
2011年クラシック以降、長期休養を挟み、ダート路線にスイッチ→メキメキと頭角を現し、今や日本ピロアワーズ、ホッコー樽前などに並ぼうかというほどのダート界の新星である。

東京コースも抜群に良い。

人気なれどここはベルシャの為の舞台であろう。


相手にはもちろん前出の
ニホンピロ、ホッコー、そしてワンダーアキュート...
といった一線級が常道であろうが、今回はそれらはあくまで押さえ。

相手本線は根岸ステークス組から
東京ダートの鬼・ゴールスキー、東京ダートの重鎮・アドマイヤロイヤル、脅威の34秒台の末脚・シルクフォーチュンを狙う。

同じく根岸組のノーザンリバー、ダノンカモンまでが馬券対象に。

まだ絞りきれていないが、買い目をまとめると


★★★3連複1頭軸流しプラン

軸:11.ベルシャザール

相手:
【Aグループ】
1.ゴールスキー
9.アドマイヤロイヤル
16.シルクフォーチュン

【Bグループ】
7.ニホンピロアワーズ
15.ホッコータルマエ
4.ワンダーアキュート

【Cグループ】
6.ノーザンリバー
14.ダノンカモン

といった形か。

これ以上絞れなかったらベルシャ軸→【Aグループ】&【Bグループ】&【Cグループ】流しで28点買い。


さて次に
☆☆☆3連単プラン。

9頭もいるのでさすがにここは絞らなければ大変です。
さらに軸は2頭軸→最大6点流しのマルチということで36点くらいまで。

軸はベルシャザールとゴールスキーであろう。

あとは上記【Cグループ】のメンバーから1頭のみカット。


どれをカットするか。


・根岸ステークスでルパンの指定馬であるノーザンリバーは東京OK、結果も出しているので波には乗っている感じ。

・ダノンカモンはご高齢であるが東京OK、G1になると敷居が少し高く、三浦コーセーと減点材料?もチラホラ。

これらいずれかを斬っての勝負。

どっちだ!?

思い切ってこの2頭ともカット?

そしたら30点。

うう〜ん。。


悩むところだ。

ノーザンリバーは残しかな..?


あら?


なんか「神託」っぽくなくなってきた。

これではただの「予想」だにゃ。


ハハハ。


ま、しかし、神託も予想も同じ事。

今回第一発目のG1は上記プランにて狙い打ちできよう。




全然関係ないけどメルセデスが「グランツーリスモ6」とコラボしたというコンセプトカー(2013年ロサンゼルスモーターショー発表)があまりにもカッチョ良かったのでつい画像を拾ってしまった。

なんかすげー...





今日の格言 [由緒正しい旅籠でそんなコトは・・・す・る・な]
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【2014/02/22 00:30】 | 競馬 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
代替開催DAYS
新たな週が始まるとともに先々週の日曜競馬と先週の土曜競馬?(いつのものかよくわからなくなってきた)の連日代替開催。

ウイークデーなのに気もそぞろ。

仕事の合間を縫っての参戦。

兼ねてより軸馬サトノギャラントに決めていた昨日の東京新聞杯は惜しくも取れず。
というかホエールキャプチャはちょっと買えないかな〜。。

しかし、この不協和音なバイオリズムの中、GスポットのY子(野風どの)は伝家の宝刀・3連複BOXでマン券を撃斬、華々しい復活劇を遂げる。

今週末は野風どののマン券でチン察!

...じゃなくてランチデート!

ゴチになります。


本日は午後からお客さんとこで打合せだったので、野風どのに頼まれた追加転がし馬券と自分の馬券を買うだけ買って、出発。


お客さんと打合せもほどほどに片付き始めた頃、左腕のGショックを見ると、ちょうどメインの発走時間が。。


お客さんの事務所はフツーにテレビがついているので

勝手にBSに切り替えて、「ちょっとテレビ見せてもらってもいいですかな?」と聞くと

「お!?グリーンチャンネル!今日も馬やってるんざんすか!?」




と、社長もノリノリ!


残りの打合せも適当にほっぽり出し、まさかの競馬観戦!!

この社長もギャンブル中毒らしく。

パチに馬に麻雀と、なんでもござれの悪代官っぷり。

麻雀はされないざんすか?


とマジで聞かれ、ちょっと怖かったくらいだ。


ふたりで最終レースを予想し、各々ipatよりの投票。

社長は1番人気から6番人気までをぶった斬り、7番人気以降の馬を数頭選び、それぞれ単勝1000円勝負。

すげ〜...

さすがダイナミック。

俺はと言えばいつもながらのペースを崩さず、メインで穫った堅い3連複の配当をそのまま3連複流しへ投入。

競馬はほとんどやったことがないという、謎の敏腕女マネージャー・Aさんにも気になる馬をセレクトしてもらい、彼女のビギナーズラック?にも乗ろうとアドバイスを乞う。

「エ〜!? 私、わからないですよ〜」

と言いながらも馬柱より選んでいただいた3頭を含め、自分の狙い馬も入れて馬連BOXも購入。




なんとこの敏腕マネージャーさん、過去においてスーパービギナーズラックを決めていた。

話を聞くと、何年も昔、彼女の誕生日に、あるお金持ちの知り合いの方がその日、ギャンブルかなんかで大金を儲け、その時のお金の一部を彼女にプレゼントしたらしい。

現金で10万円。

彼女はそんな生々しいプレゼントをあまり好まず、かといってそれで何か買うというのもイヤだったらしい。

つまりそんなお金はもらっても迷惑、どこかに消失させたい、という心情から、その現金を知人に頼み、競馬に投入したらしい。

自分の誕生日が14日だということで、14番の単勝に10万円特攻(ぶっこ)んだとの事。

競馬なんてまず当たらないから、持っていたくない現金をどこかに消し去りたいのであれば、これが一番失いやすい方法であると。

そんな気持ちで惜しげも無く特攻(ぶっこ)んだ馬券。


当たってしまうんだよね。

馬券で大金を掴んだ人の話ってほとんどがこういうノリで買ったケースが実に多い。

その日(?)賭けたレースで14番が見事勝ったらしい。

で、払い戻しが300万円。。

もちろん窓口の向こう側


単勝で30倍くらいついていたという事だね。

その後、もちろん彼女は競馬をしていなかったのだという。

ちなみにその後の300万円の使い道は聞いていない。


...やっぱこういう人が掴んじゃうんだね、大金って。



そんな話を聞いて、彼女に選んでもらった馬にもかなりの期待をかけていたが、終わってみれば1番人気馬が悠々とゴール板前を駆け抜ける。

俺の選んだ馬も彼女の選んだ馬も入っていない。

社長は社長で7番人気以下の馬とともに心中。


競馬中継が終わるや、敏腕マネージャーはクールに仕事に戻る。


俺は最終レース確定とともに事務所を後にした。


なにしに行ったんだ?...


競馬ボケの終わりきらない寒い1日となった。



今日の格言 [まどぐち(の向こう)は、とおきにありておもうもの]

【2014/02/18 17:49】 | 競馬 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
俺の80年代・中学編 〜ツッパリ・クロージング・ブルース〜
ドンキーコング

まずこの画像を見ていただきたい。

これは80年代初頭のゲームセンターで人気を博した「ドンキーコング」というゲームである。

このゲームこそが、後にファミコンシリーズ等で爆発的な人気を誇る「マリオシリーズ」の原型なのである。

主人公・マリオがドンキーコングにさらわれたナントカ姫を助けに行く為に、コングのアジトに乗り込み、様々な障害を乗り越えながらお姫様を助けてはまたコングに連れ去られ次のステージへ...という無限ループが繰り返されて行くアクションゲームだ。

折しも俺たちが中学校の頃にはこの手のビデオゲームが街のゲームセンターを彩った。

今のように家にファミコンも無い時代だったので、「ビデオゲーム」は、1プレイ50円〜100円という現金を払って数分感の快楽を得るという、俺や連れのABちゃんにとってはオ○ニーの次に重要な娯楽要素であった。

週末になると親に外で飯を食うからといって500円とかもらい、もちろん飯は食わずに、友人とゲーセンに直行、わずか1時間もかからずに貴重な種銭を投入していくのであった。

しかし、この頃、ゲームという娯楽はある種の危険と背中合わせであった。


それは


「ツッパリ」たちだ。



上記資料は当時のツッパリのトレンドから見て、やや古いものではあるが、まずますのところ、このような感じであった。



80年代のゲーセン内におけるツッパリの出現率は100%といっても過言ではない。

「ゲーム機」と「ツッパリ」は抱き合わせだったのである。

あの頃のゲーセンは、現在のようにアミューズメント性の高く、明るいものではなかった。

中に入ると照明もろくに点いておらず薄暗く、さらにはゲーム機に段ボール箱で作った外部からの光をトコトンカットするようなものが置いてあった。

そのなんともいえぬおどろおどろしい雰囲気の中、ゲーム機からの電子音が鳴り渡り、タバコの煙が充満したその空間こそが80年代初頭のゲーセンの姿なのである。

そういう空間に巣食う人間の大半は眉を剃り、リーゼントやらパーマをかけ、校則違反の学ランをまとった恐ろしげな「ツッパリ」達であった。

ツッパリに絡まれるリスクは重々わかっていたが、ゲームという魅力の前ではどうにもならなかったのだ。

なので、出来るだけ、そういう人たちとは目を合わせないようにしながらも、目の前のゲーム機の画面のみを凝視し、わずか数分の快楽・興奮に身を任せる日々であった。



そんなある日の土曜の午後、俺と連れのABちゃんはいつものように行きつけの南風荘(中華料理店)裏のゲーセンに乗り込んだ。このゲーセンは1プレイ50円と、まるで中高生のみをターゲットにしていたかのようなリーズナブルなゲーセンであった。(まー中学生しかいなかったと思うけど。)

俺たちはツッパリからはほど遠い、学生だった。

服装も校則違反などはない。

というか中1の時に初めて買ってもらった普通の学生服を着たきりスズメだったので、真面目というよりは小汚いダサ坊だった。

あの頃、何故か街に外出するときも常に学生服だった。

考えてみれば私服でもよかったのではないだろうか?

校則だったからそれを守ってたのかな?

。。。そんな校則守ってゲーセンに行くってのもどうよ。。



そのゲーセンにはまだリリースされて間もない「ドンキーコング」が50円で出来るのだから、少々ガラの悪い雰囲気だろうが行くっきゃない!(80年代的言い回し)

そして50円玉を投入、プレイ!

その日はいつになく絶好調で、自身初となる5面(はっきりとは覚えていないが)クリアー!!

初めて目撃する新たなステージに興奮度はマックスであった。

そんな俺のもとに、ひたひたと忍び寄る怪しげな黒い影が。。

画面を凝視していても、その影の気配ははっきりと伝わってくる。

ククク...カモだ、カモがいやがる!

そんな声まで聞こえて来そうなほどに。



奴は俺に向かってオウコラ、テメエ、みたいな口調で絡んでくる。

まずい..!よりによってこんな絶好調の時に..!

頼むから放っておいてくれ!


俺の心の声をよそに、その男はもはや俺の真横に立ちはだかり、ゲーム機の画面と俺を交互に睨みながら

「コラ テメエ、なにシカトしとんじゃワレ」

とよくわからないいろんな県の方言を交えた脅し文句で攻めてくる。


あうっ

マリオがやられたっ...!



俺が無視し続けたものだから奴はよりいっそう声を高め、俺につかみかからん勢いで絡み始める。

「オ〜ゥラぁ あんちゃん、オメエ俺が誰だかよくわかってねえみてえだなあ コラぁ」

俺も貴重なマリオ1機を失った怒りからかいつになく苛立ち、

「ちっ ほっといてくれよ、こっちはそれどこじゃねえんだよ」

強気の台詞が奴のツッパリ魂を逆撫でしてしまった。

奴は俺の胸ぐらをつかみ俺をゲーム機から引き離そうとし

「なんだテメエ〜? やんのか? ああ!?ゴラ?」

ちっ

と俺は奴の手から逃れ、再びゲーム画面へ。

しかし、そんなアクシデントの中、もう集中出来ない。

それでも残りのマリオを可能な限りコントロールし続ける。

奴は俺にさらに近づき脅してくる

「オイコラ テメエよ、なめんなよ(出た!当時の決め台詞)

俺のバックにゃ族がついてんだからよ!!」


...俺はひたすら無視する。


「なんとか言えやこのダサ坊が!テメエ半チクにしてくれんぞ?」

「特攻の拓」の”地獄のリョー”ちゃんのようながなり方で攻めて来る。


...無視


何を言ってきても無視し続けた。

やがて奴はこのやりとりに少し飽きて来た(?)のか話題を変えて来た。


「オイ おめえよう、なんだ? そのダセエ学ランは?」

声の雰囲気も先程よりトーンダウンしている。

奴の中で明らかに何かが変化している。

とはいえ、奴を無視を続けてきた事も有り、必要以上に下手に出るとかえってまずい気がしたので敢えてタメ口で答えた。

「学生服?そんなもん、金がねえから買えねえんだよ。」

「なんだとコラ?誰に向かって口聞いとんじゃボケ」

「お前はなんでそんなに金持ってるんだ?」

目の前のダサ坊(俺)の、思いもよらぬタメ口に、奴は怒りと戸惑いで複雑そうな表情。

そんな奴を相手にした事なかったのか、それでも返してくる。

「あぁ〜? なめんなよコラ、俺はなあ、バイトしてんだよ


なんと?


い、一体これはなんのやりとりだ?

なんだか話がおかしな事になってきている汗

俺は戸惑いながらもやっと答えた。

「な、なんのバイト?」


そんな俺を見て、奴は勝ち誇ったように言った。



「新聞配達だわいやコラ」




ラスト1機のマリオが鉄骨から墜落、ドンキーコングがゲームオーバーとなる。

俺とコイツのゲームも終了だった。


これで話は終わったかと思いきや、奴はさらに食いついてくる。

「オメエも新聞配って学ラン買えや」

「いや、俺は... 無理... 早起き無理」

「なんだコラ根性無しがぁ!!」

「はい.. ぼ、僕、そういうのダメで...」



まさかのクロージング。



奴の言葉が痛い程に心に突き刺さる。

俺はそのとき、はっきりとわかっていた。

奴は因縁をつけにきたんではなかったのだ。

因縁は切り口。

本当の奴の狙いは...


そう、一緒に新聞配達をする友達が欲しかったのだ。

そして、奴は本当は努力家だったのだ。

親のスネをかじってメシ代をもらい、ゲーセンにつぎ込む俺なんかとは背負っているものが違いすぎる。


きっとこいつの家は貧乏で、腹を空かせた弟や妹がおり、奥の部屋では病床に伏した母親がせんべい布団の中で咳をうならせながら息子の帰りを待つ。。

親父は鳶職で奴が幼少の頃に不幸な足場の事故で亡くなり、「ててなしご」として周囲の友人から疎んじられ、母親まで病気になってしまったに違いない。

奴は屈折しながらも、屈折しきれずに兄妹や母への世話もせざるを得ない。

早朝から新聞配達に明け暮れ、日中は家事もこなし、学校へは昼前に遅れて到着、その理由をクラスメートに話せる訳もなく、「昨夜からずっと女(スケ)が離してくれなくてよう」と涙が出るような嘘で周囲を欺き、日常を渡りきる生活。

やっと空いた束の間の土曜日の午後にゲーセンにでも行ってみれば、呑気なダサ坊が、ぬるま湯につかったような顔をしてゲームに興じている。

奴の怒りも想像に難くない。

しかし、俺とてどうしてやることもできないのだ。。。(関わりたくないのだ。。。)


俺はなんだかとてもいたたまれない気持ちになり、無言のままその場を立ち、ゲーセンの隅に隠れてこちらの様子を伺っていたABちゃんを見つけた。


「もう、終わったんだよ?全て...ABちゃん...クスッ...」




今日の格言 [欲しい物ははたらいて手にいれろ]

【2014/02/16 01:02】 | 青春時代 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
大珍事!船橋競馬で1度止まった馬が差し切り勝ち【サンケイスポーツより】


13日の船橋競馬8Rで、最後の直線で1度止まった馬が再度走り直して勝利する珍しいできごとがあった。

 珍事は中央交流・ベストレイン特別(中央3歳未勝利・南関東サラ3歳、ダート1600メートル、11頭立て)で起こった。ダッシュ良く飛び出した4番人気のグランフィデリオ(牡3)=栗東・森秀行厩舎=がハナに立つと、10頭を引き連れる形で逃げる。2馬身ほどのリードを保って直線に入り、勝利へ向かって一直線に走る…、はずだった。

 しかし、残り300メートル付近でグランフィデリオが急ブレーキ。追い上げてきていた6、7頭に一気にかわされた。故障発生か、と思われたが、鞍上の吉原寛人騎手が体勢を立て直すと再加速。内ラチ沿いを鋭く伸びて他馬を次々に抜き返すと、2着馬に1馬身半差をつけて勝利した。

 レース後、検量所のモニター前からは「こんなの初めて」、「ゲームみたい」という、関係者の声が漏れ聞こえてきた。当の吉原騎手は「道中からずっとフワフワしていて、少し怖いなと思っていたんです。それで直線に向いたら物見をして急に止まって…。あのタイミングで追い出すと僕が前に転げ落ちてしまうので、いったん手綱を引かざるをえなかったんですよ。でも、すぐに馬が走る気を見せたので、必死に追ったらすごくいい脚を見せてくれて…」と身振り手振りをまじえて話した。

 かつてオルフェーヴルが、2012年の阪神大賞典において2周目3コーナー(残り1000メートル付近)で逸走したにもかかわらず、2着まで追い上げたことがあった。しかし、今回は残り300メートルでのできごとで、しかも勝ってしまうという、非常に珍しい事例。記者のみならず、吉原騎手自身も「これまでも止まりそうなことはあったけど、実際に止まって、しかも勝ったのは初めて」と目を丸くしながら話した。ただ最後は神妙な表情で「ごめんなさい。迷惑をかけました」と各騎手に謝罪し、次のレースのパドックに向かった。

 なお、この件に関して処分はなく、吉原騎手は裁決委員から口頭で注意を受けるにとどまった。

(サンケイスポーツ 2月13日(木)16時54分配信 より抜粋)


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まるで「みどりのマキバオー」のデビュー戦のようなレースだ。
オルフェの阪神大賞典の時も近いものはあったが、漫画のような出来事...

【2014/02/14 12:17】 | 競馬 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
俺の80年代・高校編 〜クリスマスパーティー・封印され続けた愛のリコーダー〜
一応前回の続きとなるが、「つるちゃん部」発足も1度限りの練習とともに幕を引き、季節はその年の暮れまでぶっ飛ぶ。

俺はその年、「女子」を呼ぶ事を前提としたクリスマスパーティーを目論んだのであった。

男子メンバーは俺、しぶ、つるちゃん、ゆうちゃん。
女子メンバーはしぶの力を借りて引っ張って来てもらった同じ高校の家政科の女子3人(だったかな?)

場所はゆうちゃんの家だ。

ゆうちゃんは小学校からの幼馴染みで、高校は別だったが、ちょこちょこと遊んでいた。
高校になってからというもの、服装の乱れ、ソリ、タバコと、一気にツッパリデビューしてしまっていた。
部屋も学生の夢である「離れ」に作ってある。
酒やタバコ、女連れ込み放題だ。

女子を引っ張って来てもらった「しぶ」だが、ここで最初にハッキリと説明しておく。
「しぶ」は高校入学時には既に「女」であることをカミングアウトしていた。
しぶと仲良くなった時、彼はおかまとして大手を振って生活していた。

「しぶ」は吹奏楽部でサックスやフルート等の管楽器を吹いており、音楽センスも突き抜けていた。
ワム!のジョージ・マイケルにそっくりな甘いマスクであり、当時としては相当に珍しい「おかま」であることも拍車をかけ、とにかく女子には広く人気があった。

話題の人だったのである。


「ゆうちゃん」と「しぶ」という超・強力な両翼を味方に、なんでもできると信じていた。
なので、クリスマスパーティーのひとつやふたつ、楽勝なのである。(昔からパーティー好きであった)

今回のパーティーで、場所を提供してもらう関係で、「しぶ」と「ゆうちゃん」は初顔合わせとなった。
つるちゃんに関しては、俺もゆうちゃんも同じ中学だったのでとりあえず顔見知り程度だったと思う。

とにかく男同士のそんな事情なんて知ったこっちゃない。

俺は女子とクリスマスパーティーがしたかったのだ。

そしてあわよくば、その夜「男」になりたかったのだ。

高校の頃はずっとそんな事ばかり虎視眈々と考えていた。

極めて健全な高校生。。



「しぶ」と「つるちゃん」はこれも何故か以前から仲良しで、自然、俺たち3人は高校でつるむ事も多かった。

ゆうちゃんは他校でツッパリデビュー組だったが、別に俺らには昔通りで、おもしろくて、どんなにいじられてもニコニコして受け身に周り、懐の広さを見せ続けた。

なので急に今回みたいにクリスマスパーティー開くから部屋使うぜ、と言っても最初に少し難色こそ見せたものの、当時の俺の無茶なゴリ押しであっさり開催という事になった。

俺がやると言ったらやるのである。

でもゆうちゃんは、当時、見た目が相当怖くて、チャリで他校の生徒とガンを飛ばしながらどちらが道を譲るか、みたいな勝負で3年間負けた事がなかったという。
ほとんどの場合、向こうの奴らは複数で、ゆうちゃんは一人だったらしいが、最後の最後で相手の奴らはビビって道を譲ってしまうという事であった。

ゆうちゃんにその強い眼力で睨まれると、ほとんどのツッパリ達は本能的に「ヤバイ」と思い、争いを自ら回避してしまうらしい。

本当は優しい人なのに。。笑



さて、こうしてメンバーが揃い、クリスマスパーティーがいよいよ始まろうとしていた。

夕方くらいから俺たちはゆうちゃんの部屋に集結し、会場設営を始める。

しぶが呼んだ女子達は7時くらいに到着するという事だった。

まずはクリスマスツリー。

しかしそんな気の利いたものはゆうちゃんの家にはない。


ならば。


と、誰のアイデアだか忘れたが、ゆうちゃんの家の裏庭に生えていた細い竹をカマで伐採し、背丈数十センチほどのクリスマスツリーを飾る事になった。

まるで七夕だ。

あとは酒(缶チューハイ)、つまみ、カラオケ用のラジカセとマイクを用意して、ゆうちゃんの部屋の中央にテーブルを組む。

準備完了、あとは女子を待つだけだ。

ドキドキ・・

わくわく・・

そして女子チーム到着。


うをっ!?

な、ナント。。

不細工なひとたちばかり。。汗

膨らみきった期待と俺の下半身が、ガラスの破片のように壊れ散り始める。

し、しぶ〜...

俺の心の叫びをよそに、女子達はキャーキャー騒ぎ始めている。

とりあえずみんなで飲めもしない酒を飲み、下手なカラオケを歌い、エッチな質問とかしたりしてなかなかに高校生らしいパーティーとなった。

宴もたけなわ、女子たちはそろそろ帰ると言い出し、それなら男が送って行こう、という事になり、チャリ並走で送り狼にすらなれずに女子を送って行った。

確か寒い夜空には雪が舞い始めていた。

その夜はゆうちゃんの家に俺たち男チームは泊る事にした。

クリスマスだったからもう冬休みだったと思う。

俺もゆうちゃんも酒と騒ぎとチャリ運動の末、あっという間に落ちてしまっていた。

翌昼、頭痛で目が覚め、しぶもつるちゃんも朝のうちにいつの間にか帰ってしまっていた。

ゆうちゃんが母屋からラーメンを作って部屋まで持って来てくれた。

インスタントラーメンだったが、とてもうまかった事を覚えている。

そのあと、またダラダラと眠っていた。


。。。そんな高校生らしいクリスマスパーティーだったように記憶していた。

つい5年程前までは。



5年前に、しぶが突然、この町に帰ってきたのだった。
高校卒業以来、ずっと努めていた自衛隊を辞めて。

色々と訳ありだったのだが、まあ、ちょっと精神的に患っていた。
こちらには実家に、僅か3ヶ月程滞在していたのみで、その後、行方不明になってしまった。

その3ヶ月の間に、色んな話をした。
20年分のつのる話の数々。


その話の中で、今回のクリスマスパーティーの「衝撃の舞台裏」の存在を初めて知らされたのだった。


実はあのクリスマスパーティーの夜、しぶとつるちゃんはなんと「結ばれて」しまったのだと言う。

あの頃、ふたりは密かに両想いであったらしい。

俺やゆうちゃんは、しぶをダシにして女子を連れ込み、ギッヒッヒッヒ・・

のつもりであったが、ダシにされたのはなんと俺とゆうちゃんの方だった。

酒を死ぬ程飲まされ、ぐっすり眠ったその側で、しぶとつるちゃんはさらに熱いクリスマスを過ごしたというのだ。

しぶがオネエである事は知っていたが、まさかのつるちゃんまで・・・!?



俺は興味本位でしぶに尋ねた。

「で、その、最後までやったの・・・?」

の質問に対し、結局つるちゃんとは最後まで行かなかったという事であった。

お互いに奉仕し合って満足したらしい。



奉仕?

奉仕って、、どんな??


という下衆な質問にもしぶはちゃんと回答してくれた。

文章で書くのもアレなんでここはイラストにて各自想像力を使っていただきたい。





20数年間ベールに包まれていたこの衝撃の事実を、後にゆうちゃんにも報告した。

ゆうちゃんもこの件については大いに衝撃を受けており、

「俺の部屋でそんな事が。。20年間もそれを知らなかったなんて。。」

何故か感無量、といった様子であった。


ここにまた、青春の1ページが閉じられる。


今日の格言 [ひとさまのいえで笛ふくな]

【2014/02/14 00:32】 | 青春時代 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
俺の80年代・高校編 〜つるちゃん部発足〜
先日、近所の幼馴染みのケンちゃんから借りた
【マツコ&有吉の怒り新党】録画DVDを見ていて、ふと高校生の頃の1シーンを思い出した。

番組の内容には全く関係ないのだが、よくあるじゃない?
テレビをずっと見続けているときに、突然、ふと全く関係ない出来事とかが心をよぎること。

それがたまたま高校時代の「つるちゃん」の事だった。
んー、まー、今回に関しては全く関係ないっていう訳ではないんだけど...



つるちゃんとは高校時代、通学の汽車(電車ではない)でいつも一緒だった。
同じ中学だったのだが、中学の時はあまり話とかしなかった。
クラスも多分一緒になった事なかったな。

高校もたまたま同じで、何故か通学時にはだいたい一緒だった。
なので、つるちゃんとは何かと一緒に行動する事が多かった。

部活とかもしていなかった高2くらいの頃だったろうか、つるちゃんがある時、「新しいジャンルの部活」を設立するので一緒にやらないか?と誘ってきた。

内容は陸上部に限りなく近く、まあジョギングとか軽めの屋外運動で基礎体力を高めるというものであった。

普段口数の少ない彼がそんな事を言い出すのは珍しいことであった。

元々陸上部(中学校)で、長距離とか得意だった彼はまた以前のように体を動かしたくなったのか、ひとりでもこの新しい部活を立ち上げる様な勢いだった。

つるちゃんも最初は陸上部に入っていたのだと思うが、多分、人間関係やら何やらでそう長く続かなかったのだろう。

俺も高校に入ってからは半年間の間にヨット部、剣道部、軟式野球部と渡り歩き、結局長続きせず、出席をとって終りの囲碁クラブで形ばかりの義務を果たしていたのだが、これもなんだかどうでもよくなってきていた時期だった。

いつにないつるちゃんの提案が妙に新鮮に思え、ふたつ返事でこの「新部活」に入部し、つるちゃんと一緒に先生に設立申請を出した。

俺的には実際、内容は何でも良かった。

とにかくあの頃、変わらない毎日に辟易とし、常に何か新しい変化に飢えていた時期だった。
(この問題に関しては高校3年まで続き、本当に自分の中では深刻な問題であった)

だから、新部活にはとてつもないロマンを感じた。
何より、練習が自由に決められるのも魅力だったし、まあ、俺もちっとは体動かしたいというのもあって。


新しい部活は人数不足はもとより、かなり無茶な申請だった為、非公式での「同好会」という形であれば、という事で受理された。

まあようするにやりたければ勝手に内輪でやりなさい、という事だ。

申請出したのが急にアホらしくなった。



こうして書いていると色々とその当時の事を思い出せる。

そうそう、俺、中学校の終り頃、なんだかよくわからないが「長距離」の練習に参加していた事があった。

これは確か、特定の部活とかそういうのではなく、当時の体育教師の呼びかけのもと、自由参加で練習し、一応?試合のようなものにも出るという短期間の部活もどきのようなものだった。

その時につるちゃんはこの部活もどきに集まって来た奴らの中でも、ひときわ長距離の才能に秀でていた。

なので高校に入っても走り続けたかったのだろうが、やはり人間関係だったのか?俺同様、プータローになっていたのだと...


という訳で、ある夏前だったか秋口だったか、暑い時期、つるちゃん主催の「陸上同好会」は結成され、第一回の練習日が決定する。

同好会が受理されたその週の土曜日だったと思う。

今時のガッコは週末は普通に休みだろうが、俺たちの頃は土曜は「半ドン」で、午前中まで授業があり、お昼は部活ある奴はそのまま昼食→部活、プータローは直帰、というパターンだった。


非公式とは言え、記念すべき「つるちゃん部」第一回目の練習に心を踊らせたのを覚えている。
自分たちの管理のもと、自分たちで何かにチャレンジする、みたいな独立心がとても心地よかった。

その日、午後からTシャツ、短パンになり、軽くウォーミングアップをし、ふたりで高校から出て、周辺数キロをゆったりとジョギングした。

同好会長・つるちゃんのメニューだった。

久々に動かす体は、心地よかった。
中学の時の「部活もどき」で、短期間と言えど、相当に走り込んでいたので、つるちゃん級とはいかないまでも、俺もそれなりに長距離は割といける感じがあった。

躍動するジョギングシューズ超しにアスファルトを感じ、白いTシャツに軽く汗が滲む。

夏の日差しと新緑の影が交差し続ける道。

二人で黙々と、ゆったりと走り続ける。

悪くない。

そんな片岡義男の小説のような青春の1ページ。。


しかし


記憶にある限り、この「つるちゃん部」は2回目以降の練習はせず、自然消滅したのだった。


ところで、この「つるちゃん」、近年判明した事なのだが、実はこの年のクリスマス会において、「シブ」ととんでもない一夜を過ごすことになる。



話せば長くなる。

が、

ここらへんで次回に続く。

【2014/02/12 00:54】 | 青春時代 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
超人とと家萌ゆ 【萌える仏壇編】
とと家での素晴らしいディナータイムも終り、その日は満腹のうちに帰途へとついた。
キキとも久しぶりに出会い、とても良い日となった。

とと達はそれどころではなかったと思うが。。

話は最初に戻るのだが、先日の日曜日のメインレース前。


ととからの電話で買い目を教えてくれと言われたが、いや〜俺の買い目なんかアテにならんですよ。。

ととはここのところ、競馬サッパリダメみたいで。

以前のように冴え渡っていないのだという。

俺が買おうと思っていた2-6軸作戦(ゴールスキー、アドマイヤロイヤル)を伝え、とともそこから流したようだが、結果、アドマイヤロイヤルは5着に。。

2着に入ったノーザンリバーは本命の3連単流しの相手にすら入れていない体たらく。

後日、ルパンLソンで根岸ステークスについての報告をしあったところ、ルパンも取れなかったらしいが、彼の本命がこの「ノーザンリバー」だったらしい。

お互いに苦汁を舐めたのだが、俺の軸とルパンの軸を合体させればなんとかなっていたのか。。
シルクフォーチュンは押さえていたので。

といっても後の祭り。
これまでにもこういう事はいくらだってある。


次に行くのみだ。


そして最終レース、まだとととの電話は続いていた。

東京12Rのパドックにて、1番人気のカーティスバローズの馬体が抜群に良い。
とともテレビを見ながら、これは間違いないでしょう。と。

で、最終はカーティスバローズからの1頭軸流し。

荒れ模様と踏んで相手を8頭にまで拡げたので30倍以上つかないとプラスにならない。

勝負。

おおっ!

やはりカーティス、危なげない競馬で好位そのまま。
2着だったけどOK!

...って 勝った馬が2番人気、3着は!?

まさかの3番人気…

3連複配当2,180円...

ぐぐっ...!

鳥神


ところがなんとととはこの馬券を900円買っていたらしい。

ちゃんと押さえてるんだね。

さすがだ。


という結果で、俺的にはサッパリの土日となってしまった。



・・・で、本題はここからなのだが、その後も電話は終わらなかった。

ととから大変な話を聞いてしまった。


ここのところ、家の売却に伴って、家財の整理などをすこしづつしていたらしいのだが、ふと気がついた事があったらしい。

仏間がやけにがらんとしているというのだ。

何か綺麗さっぱりとした印象があったのだがそこまで注意して見ていた訳ではないので気がつかなかったらしい。

よぉぉぉく見ると。


うん?


あれ?


な、ない!?


仏壇の中身が無い!?


ん?


既に箱かなにかに入れて引っ越しに備えているのか?

仏壇周りは「ばば」のテリトリー。

管理も「ばば」らしかったので、そこまで注意を払っていなかったらしい。

このとき、ととには超危険な予感が背中を走ったらしい。



あまりに気持ち悪かったので茶の間にいるばばをつかまえて仏壇の事を聞くと...


「ああ、仏壇、もう無いよ」


「はぁ? 無いって、どこにやったの?」


「燃やした。この間のとんどさんの時に...」






あまりの事にととですら閉口し、返す言葉が出なかったという。。

まあ誰でもそうなるわな。。

恐ろしい...


ちなみに「ばば」は認知症の気がある訳でもなんでもなく、至ってご健康体だ。

しゃんとしているのだが。。

時に常人には出来ない様な英断をやってのける。

しかも周りの誰にも相談なしで。


これが「超人気質」というものなのであろう。

ここでは書ききれないが、「ばば」にまつわる伝説はあまりに多い。

「とと」もまた、「ばば」の血脈を色濃く受け継いでいるのだが、まだまだ「ばば」のステージにまでは登り詰めていないようだ。


「ばば」の伝説の一部については、番外編としてまた近いうちに記事に書こうと思う。


ととには、これに負けずに、これからも超人性をガンガン発揮していってもらいたい。



っていうか

とんどさん開催してた自治会のおっちゃんたち、気づけよ...

仏壇...
【2014/02/05 11:43】 | イベント | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
超人とと家・萌ゆ!!【にゃんにゃよ!息子よ!パスタよ!編】
ととの家が売りに出される事になった。

理由は...

諸々あるらしいのだが、
かかの整体サロン経営の不振とばばの過剰なまでの金融投資が原因だという。。(詐欺にあったという説も??)

そんな話を電話でするのもなんだし、とにかく一度会いに行ってみようと思い、とと家へと出向いた。


★さて、ここで「とと」やら「かか」やら「ばば」やら、キャラクターが今ひとつ把握しづらいと思われるので、これまでのおさらいとして「とと家」の家族構成を整理しようと思う。




近況を聞くという理由もあるが、なんといっても、ととの作るパスタが食べたくなったのだ。

ととは料理も抜群にうまい。

以前、家に遊びに行っていた頃は、よくパスタをごちそうになっていたのだが、これが絶品だった。

ただ作ってもらうのもなんだし、パスタを買って行きますから、と途中のスーパーで一番上等そうなデュラセムモリナ500gを2パックと、安物だけど赤ワイン、お茶菓子などを買って行く。

そして、とと家に行くもうひとつの楽しみというのが、息子の「キキ」と出会うことであった。
とっても可愛い一人息子がいて、昔はよく俺の車に乗せて、あちこち連れて外に出ていた。

子供が好きだが、子供のいない俺にとっては、自分の子供のような感じで可愛がっていた。
(kimiちゃんの息子達も同じく)

キキも俺になついてくれてて、車に乗せると大喜びし、すぐに接続しているipodの中から「残酷な天使のテーゼ」を探し出しプレイ、お決まりのドライビング・ミュージックとなっていた。

あれから6、7年は経っている。
当時小学校に入ったばかりの「キキ」も、もう中学生?

どんな少年に育っているのかとても興味があった。

その日、数年ぶりにとと家の玄関をくぐると「ばば」が出て来て迎えてくれた。

細い体だけどしゃんとしており、眼光鋭く、はつらつとしたその風体はあの頃から少しも衰えない。

久しぶりの挨拶を交わし、「ばば」の超・強力なオーラを感じながらも2階に通される。



ととの部屋に入ると、ととはひとり、こたつにあたってぼ〜っとしていた。

「こんばんは〜」

「お〜 モリ〜(俺の仮名)、まあ座んなされ」

にゃ〜


む?

俺はその動物のかすかな鳴き声を聞き逃さなかった。

ネコだ!

ネコがいる!?

どうして?


見ると、ととのひざの上に白いネコが横たわっている。

「どうしたんですか? 猫...」

「いや〜 とある事情からもらい受けて、飼う事になってね〜」

チンチラの血が混じっているハイブリッドのようだ。
名前は「カリンちゃん」というらしい。

ドラゴンボールに出てくるあの神様..?




さっそくだっこさせてもらった。


か、カワイイ〜!!


俺は子供も好きだが、猫にはもっと目がない。

オラもカリン様、家に欲しいだ〜!!(悟空)


オラも昔からずっと猫を飼っていたのだが、最後に飼った猫と悲しい別れをしてからというもの、猫を飼っていない。

というか現在、ウチの家では猫が飼えないというのもあって。。


猫をだっこしながら「キキ」は?

と聞くと「まだ塾から帰ってないんですよ、キキが帰って来たらメシ作りますけん」

かかも仕事でもう少し遅くなるとのことだったので、ふたりを待つ間、色んな話をした。



やがて「キキ」が帰って来た。

「ただいま〜」と部屋の戸を開けて入って来たその少年は、身長が伸び始め、声変わりをし始めた成長期まっただ中にいる中学生!!

俺は久しぶりに彼と出会い、彼の成長を感じ、なんだかとっても嬉しくなった。

「おぉ〜!キキ〜!ひさしぶり〜!!覚えてるかぁ?」

キキは少し照れたような感じで「ハイ..」とうつむき加減に答える。

突然の懐かしの来客に戸惑いを隠せないようだった。

そんな、自分にも覚えが有るこの年特有の照れや嬉しさ?を彼の中に感じ、なんだかとっても初々しい気持ちにさせてもらった。

かかはまだ少し遅くなりそうだったので、とりあえずパスタが作られ始めた。

その間、キキと久しぶりにいろんな話をした。

キキは何年も会ってなかったこの不思議なおじさんとの距離感がつかみづらいらしく、当時とはうってかわって遠慮がちな口調だったが、だいぶん慣れてくる。

俺のスマホのドラクエを見つけ、やっていいよ、と言うと、夢中で興じ始める。
ダンジョンに入ったりして、途中で手に負えなくなってきたところだったので、これは是非とも若い力と集中力の手助けが欲しかったところだ。

俺が四苦八苦しているようなところでもキキはあっさりとクリアしてくれる。
しかも、適当に俺と世間話などしながら。

流石いまどきのティーンネイジャー。

テクノロジーの波の中で育って来た子供は違う。

やがてパスタも出来上がり、みんなで食べた。

相変わらず美味しかった。

ボンゴレロッソみたいなやつで、カキフライが乗せてある。

これにレモンを絞っていただいた。

このレモンは最近、農家をされているお客さんからいただいたもので、自慢のオーガニック栽培プラスαの栽培法で作られた物で、フツーのレモンとはひと味もふた味も違いますよ、という代物だった。

しかし貰ってからずっと机の上に転がっていて、このまま放っておいても腐ってしまうので、ちょうどこのタイミングでととの家に持って行ったのだった。

料理の足しになればと。。

カキフライを作ってくれたのはこのレモンを生かしてくれるためだったのか、さすが機転の効くとと家だ。


ボンゴレ、ととが作ったのかばばが作ったのかわからないけど、絶品だ。

ばばも実は料理の達人で、近年まで自宅で「料理教室」をしており、主婦などが毎週集まってくる家だった。



こうして、久しぶりにとと家にお邪魔して、楽しいひとときを過ごしたのであった。

...って とと家はそれどころじゃなかったか ( ̄◇ ̄;)



次回、血も凍り付く【完結編】に続く。

【2014/02/03 20:58】 | イベント | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
超人とと家・萌ゆ!!【超人復活編】
2月、東京開幕。
ホームグランドのように愛する東京。
俄然力が入る。

しかし。

先週、先々週の連勝劇をあざ笑うかの様な連敗。

タイタニックの呪いはまだ解けていないのか?

ほんのちょっとの差で軸馬が4着とか、紐に入れていない馬が粘り込んでたり…と、またしても歯車がずれ込む。

土曜も日曜もそんな調子で、残すは自信のメイン・根岸ステークス。

ここはゴールスキー・アドマイヤロイヤルの2軸でまずいける。

いつになく強気の3連単2頭軸5点流しマルチで30点、これがラストの勝負。

結果、ゴールが好きで好きでしょうがないゴールスキーが頭一つ抜けての勝利。
肝心のアドマイヤロイヤルは最後の直線の競り合いで負け5着。

シルクフォーチュンは最後でキッチリ差して来て3着を確保。
流石だ。

しかし2着のノーザンリバー...

う〜ん...

ここまでは手が伸ばせなかったな。
本当はノーザンリバーでなくてアドマイヤロイヤルが2着のはずだったのに。
そして今日は見事3連単ゲットで野風殿と晴れて焼肉屋で「珍察」だったはずなのに。

あうっ パイプが柔らかくてたまらん〜!!!

うおおおぉぉぉ〜
や〜き〜にぃくぅぅぅ〜
(合掌)

腹減ってきたな。。




さて、時に今日、メインレースこれからという時に「とと」から電話がかかってきた。




「とと」はかれこれ8年くらい前に知り合ったギャンブル超人である。

「とと」はいつも仕事をしていない。

しかし、何処からか金を生み出してくる天才なのだ。

当時、彼はスロットやCR機で月に80万円くらいを稼ぎ出し、その豊富な資金力でもって「かか」(奥さん)の経営する整体サロンを支えていた。

俺と出会ってから、競馬もやりはじめ、これまたとんでもない馬券をガンガン的中させ続けていた。

正確に言うと、「とと」は若い頃、俺と同じように東京に出ていて、テレビ局の仕事をしていたらしく、その頃はスタッフみんなで共同で馬券を買っていたらしい。本気でやり始めたのは俺と出会ってから、との本人の言。

★ちなみに「とと」は当時、RIKACOとつき合っていたらしい(本人談)

とにかく何をやらせてもトコトン突き抜ける男だ。
競馬にしても、常軌を逸したその相馬眼、神の降臨のような爆穴馬への直感は絶好調時のまーしーすら凌ぐ程の才能である。

「とと」とは、しばらくの間、出会っていなかったのだが、昨年あたりからばったり街角で出会った事をきっかけに、たまに電話が来るようになっていた。

「ととの近況」はいつも波瀾万丈である。


「最近はどうしてるんですか?」の俺の好奇心いっぱいの質問に

ととは期待を裏切らない。

「いや〜 もう最悪ですわ。家を売りに出しました」

な な な・・・ なんと!?

どうされたんですか?

まさかギャンブル...?

ととの家はそれこそ7年くらい前に新築で○キスイハウスで建てられた、モダンで贅沢でおしゃれな住宅。

まあ、その家が建つまでにも一波乱、ふた波乱あったのだ。

「とと」のお母さん「ばば」が新築になる前の家の階段を登って2階に上がろうとした時、上の部屋(仏間)から恐ろしい般若のような形相の女が出て来て、階段を走り降りながら「ばば」を突き飛ばし、「ばば」は背骨の一部を骨折するという『般若事件』が起こった。

しかし「ばば」もまた常人ではない。
ご近所さんで親しくしているH野先生の「レイキ」というヒーリングを受け、翌日、骨折が完治、かかりつけの医者が度肝を抜かれたというエピソードまである。
本来、「レイキ」は施術をする人間の自己修復力を活性化させる働きを与えるもののようだが、通常、骨折がすぐに元通りになるような事はまずあり得ない。
これは明らかに「ばば」の超人性によるものとしか考えられない。

そして、般若事件のほとぼりも覚めぬうちに「とと」家が原因不明の火事で全焼となった。

その焼け跡に、再び新築の家が建つのも半年とかからなかった。

まるでこの新築の家を建てる為に仕組まれた、怪異達の計略だったように思われる事件であった。


そして今回、その快適な家が売りに出される、というのである。

「とと」の生活はいつだって平穏ではない。

上に下にとローラーコースターのようにうねりまくっている。

家を手放さなければならなくなった理由とは...



次回に続く

【2014/02/02 19:43】 | イベント | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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