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俺の80年代・中学編 〜ツッパリ・クロージング・ブルース〜
ドンキーコング

まずこの画像を見ていただきたい。

これは80年代初頭のゲームセンターで人気を博した「ドンキーコング」というゲームである。

このゲームこそが、後にファミコンシリーズ等で爆発的な人気を誇る「マリオシリーズ」の原型なのである。

主人公・マリオがドンキーコングにさらわれたナントカ姫を助けに行く為に、コングのアジトに乗り込み、様々な障害を乗り越えながらお姫様を助けてはまたコングに連れ去られ次のステージへ...という無限ループが繰り返されて行くアクションゲームだ。

折しも俺たちが中学校の頃にはこの手のビデオゲームが街のゲームセンターを彩った。

今のように家にファミコンも無い時代だったので、「ビデオゲーム」は、1プレイ50円〜100円という現金を払って数分感の快楽を得るという、俺や連れのABちゃんにとってはオ○ニーの次に重要な娯楽要素であった。

週末になると親に外で飯を食うからといって500円とかもらい、もちろん飯は食わずに、友人とゲーセンに直行、わずか1時間もかからずに貴重な種銭を投入していくのであった。

しかし、この頃、ゲームという娯楽はある種の危険と背中合わせであった。


それは


「ツッパリ」たちだ。



上記資料は当時のツッパリのトレンドから見て、やや古いものではあるが、まずますのところ、このような感じであった。



80年代のゲーセン内におけるツッパリの出現率は100%といっても過言ではない。

「ゲーム機」と「ツッパリ」は抱き合わせだったのである。

あの頃のゲーセンは、現在のようにアミューズメント性の高く、明るいものではなかった。

中に入ると照明もろくに点いておらず薄暗く、さらにはゲーム機に段ボール箱で作った外部からの光をトコトンカットするようなものが置いてあった。

そのなんともいえぬおどろおどろしい雰囲気の中、ゲーム機からの電子音が鳴り渡り、タバコの煙が充満したその空間こそが80年代初頭のゲーセンの姿なのである。

そういう空間に巣食う人間の大半は眉を剃り、リーゼントやらパーマをかけ、校則違反の学ランをまとった恐ろしげな「ツッパリ」達であった。

ツッパリに絡まれるリスクは重々わかっていたが、ゲームという魅力の前ではどうにもならなかったのだ。

なので、出来るだけ、そういう人たちとは目を合わせないようにしながらも、目の前のゲーム機の画面のみを凝視し、わずか数分の快楽・興奮に身を任せる日々であった。



そんなある日の土曜の午後、俺と連れのABちゃんはいつものように行きつけの南風荘(中華料理店)裏のゲーセンに乗り込んだ。このゲーセンは1プレイ50円と、まるで中高生のみをターゲットにしていたかのようなリーズナブルなゲーセンであった。(まー中学生しかいなかったと思うけど。)

俺たちはツッパリからはほど遠い、学生だった。

服装も校則違反などはない。

というか中1の時に初めて買ってもらった普通の学生服を着たきりスズメだったので、真面目というよりは小汚いダサ坊だった。

あの頃、何故か街に外出するときも常に学生服だった。

考えてみれば私服でもよかったのではないだろうか?

校則だったからそれを守ってたのかな?

。。。そんな校則守ってゲーセンに行くってのもどうよ。。



そのゲーセンにはまだリリースされて間もない「ドンキーコング」が50円で出来るのだから、少々ガラの悪い雰囲気だろうが行くっきゃない!(80年代的言い回し)

そして50円玉を投入、プレイ!

その日はいつになく絶好調で、自身初となる5面(はっきりとは覚えていないが)クリアー!!

初めて目撃する新たなステージに興奮度はマックスであった。

そんな俺のもとに、ひたひたと忍び寄る怪しげな黒い影が。。

画面を凝視していても、その影の気配ははっきりと伝わってくる。

ククク...カモだ、カモがいやがる!

そんな声まで聞こえて来そうなほどに。



奴は俺に向かってオウコラ、テメエ、みたいな口調で絡んでくる。

まずい..!よりによってこんな絶好調の時に..!

頼むから放っておいてくれ!


俺の心の声をよそに、その男はもはや俺の真横に立ちはだかり、ゲーム機の画面と俺を交互に睨みながら

「コラ テメエ、なにシカトしとんじゃワレ」

とよくわからないいろんな県の方言を交えた脅し文句で攻めてくる。


あうっ

マリオがやられたっ...!



俺が無視し続けたものだから奴はよりいっそう声を高め、俺につかみかからん勢いで絡み始める。

「オ〜ゥラぁ あんちゃん、オメエ俺が誰だかよくわかってねえみてえだなあ コラぁ」

俺も貴重なマリオ1機を失った怒りからかいつになく苛立ち、

「ちっ ほっといてくれよ、こっちはそれどこじゃねえんだよ」

強気の台詞が奴のツッパリ魂を逆撫でしてしまった。

奴は俺の胸ぐらをつかみ俺をゲーム機から引き離そうとし

「なんだテメエ〜? やんのか? ああ!?ゴラ?」

ちっ

と俺は奴の手から逃れ、再びゲーム画面へ。

しかし、そんなアクシデントの中、もう集中出来ない。

それでも残りのマリオを可能な限りコントロールし続ける。

奴は俺にさらに近づき脅してくる

「オイコラ テメエよ、なめんなよ(出た!当時の決め台詞)

俺のバックにゃ族がついてんだからよ!!」


...俺はひたすら無視する。


「なんとか言えやこのダサ坊が!テメエ半チクにしてくれんぞ?」

「特攻の拓」の”地獄のリョー”ちゃんのようながなり方で攻めて来る。


...無視


何を言ってきても無視し続けた。

やがて奴はこのやりとりに少し飽きて来た(?)のか話題を変えて来た。


「オイ おめえよう、なんだ? そのダセエ学ランは?」

声の雰囲気も先程よりトーンダウンしている。

奴の中で明らかに何かが変化している。

とはいえ、奴を無視を続けてきた事も有り、必要以上に下手に出るとかえってまずい気がしたので敢えてタメ口で答えた。

「学生服?そんなもん、金がねえから買えねえんだよ。」

「なんだとコラ?誰に向かって口聞いとんじゃボケ」

「お前はなんでそんなに金持ってるんだ?」

目の前のダサ坊(俺)の、思いもよらぬタメ口に、奴は怒りと戸惑いで複雑そうな表情。

そんな奴を相手にした事なかったのか、それでも返してくる。

「あぁ〜? なめんなよコラ、俺はなあ、バイトしてんだよ


なんと?


い、一体これはなんのやりとりだ?

なんだか話がおかしな事になってきている汗

俺は戸惑いながらもやっと答えた。

「な、なんのバイト?」


そんな俺を見て、奴は勝ち誇ったように言った。



「新聞配達だわいやコラ」




ラスト1機のマリオが鉄骨から墜落、ドンキーコングがゲームオーバーとなる。

俺とコイツのゲームも終了だった。


これで話は終わったかと思いきや、奴はさらに食いついてくる。

「オメエも新聞配って学ラン買えや」

「いや、俺は... 無理... 早起き無理」

「なんだコラ根性無しがぁ!!」

「はい.. ぼ、僕、そういうのダメで...」



まさかのクロージング。



奴の言葉が痛い程に心に突き刺さる。

俺はそのとき、はっきりとわかっていた。

奴は因縁をつけにきたんではなかったのだ。

因縁は切り口。

本当の奴の狙いは...


そう、一緒に新聞配達をする友達が欲しかったのだ。

そして、奴は本当は努力家だったのだ。

親のスネをかじってメシ代をもらい、ゲーセンにつぎ込む俺なんかとは背負っているものが違いすぎる。


きっとこいつの家は貧乏で、腹を空かせた弟や妹がおり、奥の部屋では病床に伏した母親がせんべい布団の中で咳をうならせながら息子の帰りを待つ。。

親父は鳶職で奴が幼少の頃に不幸な足場の事故で亡くなり、「ててなしご」として周囲の友人から疎んじられ、母親まで病気になってしまったに違いない。

奴は屈折しながらも、屈折しきれずに兄妹や母への世話もせざるを得ない。

早朝から新聞配達に明け暮れ、日中は家事もこなし、学校へは昼前に遅れて到着、その理由をクラスメートに話せる訳もなく、「昨夜からずっと女(スケ)が離してくれなくてよう」と涙が出るような嘘で周囲を欺き、日常を渡りきる生活。

やっと空いた束の間の土曜日の午後にゲーセンにでも行ってみれば、呑気なダサ坊が、ぬるま湯につかったような顔をしてゲームに興じている。

奴の怒りも想像に難くない。

しかし、俺とてどうしてやることもできないのだ。。。(関わりたくないのだ。。。)


俺はなんだかとてもいたたまれない気持ちになり、無言のままその場を立ち、ゲーセンの隅に隠れてこちらの様子を伺っていたABちゃんを見つけた。


「もう、終わったんだよ?全て...ABちゃん...クスッ...」




今日の格言 [欲しい物ははたらいて手にいれろ]

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【2014/02/16 01:02】 | 青春時代 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
俺の80年代・高校編 〜クリスマスパーティー・封印され続けた愛のリコーダー〜
一応前回の続きとなるが、「つるちゃん部」発足も1度限りの練習とともに幕を引き、季節はその年の暮れまでぶっ飛ぶ。

俺はその年、「女子」を呼ぶ事を前提としたクリスマスパーティーを目論んだのであった。

男子メンバーは俺、しぶ、つるちゃん、ゆうちゃん。
女子メンバーはしぶの力を借りて引っ張って来てもらった同じ高校の家政科の女子3人(だったかな?)

場所はゆうちゃんの家だ。

ゆうちゃんは小学校からの幼馴染みで、高校は別だったが、ちょこちょこと遊んでいた。
高校になってからというもの、服装の乱れ、ソリ、タバコと、一気にツッパリデビューしてしまっていた。
部屋も学生の夢である「離れ」に作ってある。
酒やタバコ、女連れ込み放題だ。

女子を引っ張って来てもらった「しぶ」だが、ここで最初にハッキリと説明しておく。
「しぶ」は高校入学時には既に「女」であることをカミングアウトしていた。
しぶと仲良くなった時、彼はおかまとして大手を振って生活していた。

「しぶ」は吹奏楽部でサックスやフルート等の管楽器を吹いており、音楽センスも突き抜けていた。
ワム!のジョージ・マイケルにそっくりな甘いマスクであり、当時としては相当に珍しい「おかま」であることも拍車をかけ、とにかく女子には広く人気があった。

話題の人だったのである。


「ゆうちゃん」と「しぶ」という超・強力な両翼を味方に、なんでもできると信じていた。
なので、クリスマスパーティーのひとつやふたつ、楽勝なのである。(昔からパーティー好きであった)

今回のパーティーで、場所を提供してもらう関係で、「しぶ」と「ゆうちゃん」は初顔合わせとなった。
つるちゃんに関しては、俺もゆうちゃんも同じ中学だったのでとりあえず顔見知り程度だったと思う。

とにかく男同士のそんな事情なんて知ったこっちゃない。

俺は女子とクリスマスパーティーがしたかったのだ。

そしてあわよくば、その夜「男」になりたかったのだ。

高校の頃はずっとそんな事ばかり虎視眈々と考えていた。

極めて健全な高校生。。



「しぶ」と「つるちゃん」はこれも何故か以前から仲良しで、自然、俺たち3人は高校でつるむ事も多かった。

ゆうちゃんは他校でツッパリデビュー組だったが、別に俺らには昔通りで、おもしろくて、どんなにいじられてもニコニコして受け身に周り、懐の広さを見せ続けた。

なので急に今回みたいにクリスマスパーティー開くから部屋使うぜ、と言っても最初に少し難色こそ見せたものの、当時の俺の無茶なゴリ押しであっさり開催という事になった。

俺がやると言ったらやるのである。

でもゆうちゃんは、当時、見た目が相当怖くて、チャリで他校の生徒とガンを飛ばしながらどちらが道を譲るか、みたいな勝負で3年間負けた事がなかったという。
ほとんどの場合、向こうの奴らは複数で、ゆうちゃんは一人だったらしいが、最後の最後で相手の奴らはビビって道を譲ってしまうという事であった。

ゆうちゃんにその強い眼力で睨まれると、ほとんどのツッパリ達は本能的に「ヤバイ」と思い、争いを自ら回避してしまうらしい。

本当は優しい人なのに。。笑



さて、こうしてメンバーが揃い、クリスマスパーティーがいよいよ始まろうとしていた。

夕方くらいから俺たちはゆうちゃんの部屋に集結し、会場設営を始める。

しぶが呼んだ女子達は7時くらいに到着するという事だった。

まずはクリスマスツリー。

しかしそんな気の利いたものはゆうちゃんの家にはない。


ならば。


と、誰のアイデアだか忘れたが、ゆうちゃんの家の裏庭に生えていた細い竹をカマで伐採し、背丈数十センチほどのクリスマスツリーを飾る事になった。

まるで七夕だ。

あとは酒(缶チューハイ)、つまみ、カラオケ用のラジカセとマイクを用意して、ゆうちゃんの部屋の中央にテーブルを組む。

準備完了、あとは女子を待つだけだ。

ドキドキ・・

わくわく・・

そして女子チーム到着。


うをっ!?

な、ナント。。

不細工なひとたちばかり。。汗

膨らみきった期待と俺の下半身が、ガラスの破片のように壊れ散り始める。

し、しぶ〜...

俺の心の叫びをよそに、女子達はキャーキャー騒ぎ始めている。

とりあえずみんなで飲めもしない酒を飲み、下手なカラオケを歌い、エッチな質問とかしたりしてなかなかに高校生らしいパーティーとなった。

宴もたけなわ、女子たちはそろそろ帰ると言い出し、それなら男が送って行こう、という事になり、チャリ並走で送り狼にすらなれずに女子を送って行った。

確か寒い夜空には雪が舞い始めていた。

その夜はゆうちゃんの家に俺たち男チームは泊る事にした。

クリスマスだったからもう冬休みだったと思う。

俺もゆうちゃんも酒と騒ぎとチャリ運動の末、あっという間に落ちてしまっていた。

翌昼、頭痛で目が覚め、しぶもつるちゃんも朝のうちにいつの間にか帰ってしまっていた。

ゆうちゃんが母屋からラーメンを作って部屋まで持って来てくれた。

インスタントラーメンだったが、とてもうまかった事を覚えている。

そのあと、またダラダラと眠っていた。


。。。そんな高校生らしいクリスマスパーティーだったように記憶していた。

つい5年程前までは。



5年前に、しぶが突然、この町に帰ってきたのだった。
高校卒業以来、ずっと努めていた自衛隊を辞めて。

色々と訳ありだったのだが、まあ、ちょっと精神的に患っていた。
こちらには実家に、僅か3ヶ月程滞在していたのみで、その後、行方不明になってしまった。

その3ヶ月の間に、色んな話をした。
20年分のつのる話の数々。


その話の中で、今回のクリスマスパーティーの「衝撃の舞台裏」の存在を初めて知らされたのだった。


実はあのクリスマスパーティーの夜、しぶとつるちゃんはなんと「結ばれて」しまったのだと言う。

あの頃、ふたりは密かに両想いであったらしい。

俺やゆうちゃんは、しぶをダシにして女子を連れ込み、ギッヒッヒッヒ・・

のつもりであったが、ダシにされたのはなんと俺とゆうちゃんの方だった。

酒を死ぬ程飲まされ、ぐっすり眠ったその側で、しぶとつるちゃんはさらに熱いクリスマスを過ごしたというのだ。

しぶがオネエである事は知っていたが、まさかのつるちゃんまで・・・!?



俺は興味本位でしぶに尋ねた。

「で、その、最後までやったの・・・?」

の質問に対し、結局つるちゃんとは最後まで行かなかったという事であった。

お互いに奉仕し合って満足したらしい。



奉仕?

奉仕って、、どんな??


という下衆な質問にもしぶはちゃんと回答してくれた。

文章で書くのもアレなんでここはイラストにて各自想像力を使っていただきたい。





20数年間ベールに包まれていたこの衝撃の事実を、後にゆうちゃんにも報告した。

ゆうちゃんもこの件については大いに衝撃を受けており、

「俺の部屋でそんな事が。。20年間もそれを知らなかったなんて。。」

何故か感無量、といった様子であった。


ここにまた、青春の1ページが閉じられる。


今日の格言 [ひとさまのいえで笛ふくな]

【2014/02/14 00:32】 | 青春時代 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
俺の80年代・高校編 〜つるちゃん部発足〜
先日、近所の幼馴染みのケンちゃんから借りた
【マツコ&有吉の怒り新党】録画DVDを見ていて、ふと高校生の頃の1シーンを思い出した。

番組の内容には全く関係ないのだが、よくあるじゃない?
テレビをずっと見続けているときに、突然、ふと全く関係ない出来事とかが心をよぎること。

それがたまたま高校時代の「つるちゃん」の事だった。
んー、まー、今回に関しては全く関係ないっていう訳ではないんだけど...



つるちゃんとは高校時代、通学の汽車(電車ではない)でいつも一緒だった。
同じ中学だったのだが、中学の時はあまり話とかしなかった。
クラスも多分一緒になった事なかったな。

高校もたまたま同じで、何故か通学時にはだいたい一緒だった。
なので、つるちゃんとは何かと一緒に行動する事が多かった。

部活とかもしていなかった高2くらいの頃だったろうか、つるちゃんがある時、「新しいジャンルの部活」を設立するので一緒にやらないか?と誘ってきた。

内容は陸上部に限りなく近く、まあジョギングとか軽めの屋外運動で基礎体力を高めるというものであった。

普段口数の少ない彼がそんな事を言い出すのは珍しいことであった。

元々陸上部(中学校)で、長距離とか得意だった彼はまた以前のように体を動かしたくなったのか、ひとりでもこの新しい部活を立ち上げる様な勢いだった。

つるちゃんも最初は陸上部に入っていたのだと思うが、多分、人間関係やら何やらでそう長く続かなかったのだろう。

俺も高校に入ってからは半年間の間にヨット部、剣道部、軟式野球部と渡り歩き、結局長続きせず、出席をとって終りの囲碁クラブで形ばかりの義務を果たしていたのだが、これもなんだかどうでもよくなってきていた時期だった。

いつにないつるちゃんの提案が妙に新鮮に思え、ふたつ返事でこの「新部活」に入部し、つるちゃんと一緒に先生に設立申請を出した。

俺的には実際、内容は何でも良かった。

とにかくあの頃、変わらない毎日に辟易とし、常に何か新しい変化に飢えていた時期だった。
(この問題に関しては高校3年まで続き、本当に自分の中では深刻な問題であった)

だから、新部活にはとてつもないロマンを感じた。
何より、練習が自由に決められるのも魅力だったし、まあ、俺もちっとは体動かしたいというのもあって。


新しい部活は人数不足はもとより、かなり無茶な申請だった為、非公式での「同好会」という形であれば、という事で受理された。

まあようするにやりたければ勝手に内輪でやりなさい、という事だ。

申請出したのが急にアホらしくなった。



こうして書いていると色々とその当時の事を思い出せる。

そうそう、俺、中学校の終り頃、なんだかよくわからないが「長距離」の練習に参加していた事があった。

これは確か、特定の部活とかそういうのではなく、当時の体育教師の呼びかけのもと、自由参加で練習し、一応?試合のようなものにも出るという短期間の部活もどきのようなものだった。

その時につるちゃんはこの部活もどきに集まって来た奴らの中でも、ひときわ長距離の才能に秀でていた。

なので高校に入っても走り続けたかったのだろうが、やはり人間関係だったのか?俺同様、プータローになっていたのだと...


という訳で、ある夏前だったか秋口だったか、暑い時期、つるちゃん主催の「陸上同好会」は結成され、第一回の練習日が決定する。

同好会が受理されたその週の土曜日だったと思う。

今時のガッコは週末は普通に休みだろうが、俺たちの頃は土曜は「半ドン」で、午前中まで授業があり、お昼は部活ある奴はそのまま昼食→部活、プータローは直帰、というパターンだった。


非公式とは言え、記念すべき「つるちゃん部」第一回目の練習に心を踊らせたのを覚えている。
自分たちの管理のもと、自分たちで何かにチャレンジする、みたいな独立心がとても心地よかった。

その日、午後からTシャツ、短パンになり、軽くウォーミングアップをし、ふたりで高校から出て、周辺数キロをゆったりとジョギングした。

同好会長・つるちゃんのメニューだった。

久々に動かす体は、心地よかった。
中学の時の「部活もどき」で、短期間と言えど、相当に走り込んでいたので、つるちゃん級とはいかないまでも、俺もそれなりに長距離は割といける感じがあった。

躍動するジョギングシューズ超しにアスファルトを感じ、白いTシャツに軽く汗が滲む。

夏の日差しと新緑の影が交差し続ける道。

二人で黙々と、ゆったりと走り続ける。

悪くない。

そんな片岡義男の小説のような青春の1ページ。。


しかし


記憶にある限り、この「つるちゃん部」は2回目以降の練習はせず、自然消滅したのだった。


ところで、この「つるちゃん」、近年判明した事なのだが、実はこの年のクリスマス会において、「シブ」ととんでもない一夜を過ごすことになる。



話せば長くなる。

が、

ここらへんで次回に続く。

【2014/02/12 00:54】 | 青春時代 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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